2010年4月30日金曜日

功業不建。是以非耳

三国志の重要なキャストのひとり劉備玄徳は、
荊州の地で、ある日の午後「髀(ひ)肉の嘆き」にくれます。
正史三国志蜀書によれば、
「日月若馳。老将至矣。功業不建。是以非耳。」と呟いたといいます。
(月日の経つのは早い。老いも目前に迫っている。 
だが、私は未だに志を遂げることが出来ない。
なんとも不甲斐ないことだ。)

その時、劉備玄徳46歳。
若き日の旗揚げから20年以上経ちながらも、
胸に抱き続けた志にはまだまだ程遠く、
ひとり腿の贅肉を嘆くのでした。
それは戦場から永く遠のいていた証左でもあり、
武人として恥ずかしいことでもあったのです。

乱世を終わらせて平和をもたらし、
民の生活を苦しみから脱却させること。
でも、その彼の志を実現するための具体的な手立てを
玄徳は、まだ見出すことが出来ませんでした。

その後まもなく、
三顧の礼をもって諸葛了を迎えることになりますが、
それはこの「髀肉の嘆き」による所も大きいと思います。
大儀の為に、頭を下げて、
若き孔明を軍師に迎えたことで
のちに魏、呉、蜀の3国による天下3分の計が成りました。
悩みは人を成長させることができる、という好例でしょう。

私もいつの間にか
この時の劉備玄徳よりも歳上になってしまいました。
時間に追われるせわしない毎日ですが、
でも、やり遂げたいことがまだまだたくさんあります。