2010年5月8日土曜日

死生観と人生観

『かれの意志に反して 人は死ぬ 
死ぬことを学ぶことなく
死ぬことを学べ  
さすれば汝は 
生きることを学ぶだろう』
「チベットの死者の書」(おおえまさのり訳)

人生観と言うと、一般には
過去の生き様を顧みながら、
「今」を視座として未来を思い描こうとします。
確かにそれはそれでアイデンティティを確立する上で
とても大事なことには違いないでしょう。 
ですが、ヨーガでは、逆の発想をも忘れません。
つまり「死生観」です。
人間は生れた時から死に向かって歩み始めます。
だれも死から逃れることは出来ません。 
そして前世も来世も、元よりありません。
一度しかない「今」をどう生きるか? 
過去の結果が「今」であり、
「今」だけが明日を生みだすことができるのです。
時とは「今」の連続に過ぎず、過去も未来も実体を持ちません。
いわば死生観と人生観は、
「今」の自分を決定するベクトルのそれぞれの座標軸となるのです。
鎮魂とはまさにそのベクトルの安定している状態であり、
自己実現(Self-realization)とは、極めて充実した「今」に他ならないのです。

詩人・屈原は言います。
「貴方は流れに逆らわずに生きろと言うが、私は逆らってはいない。 
私は自らの魂の流れゆくままに従って今を生きているのだ 」と。