2010年6月1日火曜日

未来の生

『それは、目の不自由な人が、
『光とは何ですか?」と問うのに似ている。
もし私が彼に光とは何かを告げようとすれば
彼は彼の盲目に従って、彼の暗黙に従って聞くだろう。
が、見ることができるようになるやいなや
彼はけっして光とは何かを問わない。
それはそこにある。』
「未来の生」春秋社

信仰を捨てなければ悟れないと言った釈迦は
如何にして目を開くか、を教えました。
信仰こそが「盲目」の原因のひとつなのだと気付けば
とらわれなき自由に近づきます。
そして、その時から、真の瞑想が始まるのです。