2010年6月6日日曜日

菜根譚の言葉

『学問を志す者は、
物事に対しておのれをいましめ慎む心があり、
その上にまたさっぱりとして
物にこだわらなぬ味わいが欲しいものである。
もし、ひたすらにおのれをきびしく引き締め、
潔白で困苦に耐えるばかりなら、
万物を枯れしぼませる秋の気ばかりで、
万物を生じそだてる春の気がないようなものである。
春生秋殺がなくてどうして万物を発育させることができようか。』
「菜根譚」洪自誠、明徳出版社

シッダールタとゴーヴィンダ、ナルチスとゴルトムント。
この対照的な境涯を暗示させるような洪自誠の一文です。

この延長線上に、孔子の
「心の欲する所に従って、矩を踰えず」
があるように思います。

生成化育という言葉があります。
これはムスビの本義でもあり、
まさに大自然の大いなる働きを意味します。
それは春生秋殺のふたつの対照的な力、
つまり陰陽の絶妙なるバランスによって起こるものです。
どちらかに極端に偏るのは、好ましいことではないのです。