2010年7月21日水曜日

鍛錬の意味


『自分自身を錬磨するには、
くり返しきたえる金属のようにすべきである。
速成したのでは深い修養とはならない』
「菜根譚」 洪自誠 講談社

以前宮本武蔵の言葉として
「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす」をご紹介しましたが
確かに速成ではなかなか中身が伴いません。
試行錯誤しながら悩むことも、
時として、理解を深めることに繋がります。
しかしながら、人生は短く、生まれ変わりもないのですから
限られた時間を如何に効率的に有効活用するかも
またひとつの大事な課題だと思います。

「努力が実らないのは、努力の仕方が間違っているからだ」
昔スティーブン・セガール先生にこのように言われました。
鍛錬もいいですが、
その方法や目的が正しいものなのかどうか?
ピントが外れてはいないだろうか?
常に疑問を持ちながら、日々の鍛錬を積むべきだと思います。
クンダリーニJPでは、
まず考え方の概略を押さえ、基本メニューを練習し
然る後に、ヨーガの原理を正しく理解することで、
的外れな鍛錬にならないように指導していますが、
それは無駄の排除が目的なのです。

単に形を「くり返しきたえる」のではなく、
原理や理法をしっかりと理解し身に付けた上で練習を積むことが
結果的に深い修養に繋がるのです。
汗を流してただ努力し続けることだけが、
鍛錬ではありません。