2010年7月29日木曜日

朝食は食ったか?

『偉大な修業などというと、
どんな奇抜な人間離れしたことをするのかなどと思う間は
まだ何もわかって居らぬのである。
尋常日用の工夫に徹するのが大修業なのである。
大いに悟りを開こうと思って、
まず佛という偉大な者の秘儀をつかもうとあせって居る僧に、
趙州和尚(唐末の名禅僧)は答えた。
朝食は食ったか。
はい、いただきました。
食器をよくかたづけなさい、と。』
「安岡正篤一日一言」致知出版社

かつて私にも、
秘伝や秘技を追い求めた時期があります。
なにか特別な技術によって
飛躍的に向上するものと誤解していたからです。
実際それらを沢山収集し、試みてみましたが
自分の本質部分には、何も変化が起こりませんでした。
それでも一抹の期待からか、
コレクションに精を出していました。
そんなある日、
ヘッセの「シッダールタ」を読んでいたら
強烈に胸に響くものがありました。
その時から私は、
小手先の技術や、秘伝と言われる術に
まったく興味がなくなりました。

たとえば、瞑想ひとつとっても「形」ではなく
「質」が問われることに気づいたのです。
それは有形と無形に対する深い理解でもありました。

つまり秘伝や秘技の「形」からは、
サマディなど起こりえないのです。
ヨーガに於いては、無形の力ほど強いものはなく
それは無為にして初めて解放されるものだったのです。

レベル-2では毎回次のようにお願いしています。
「何もしなくていいから、ただそこにいてください」と。
参加された方はおわかりになると思いますが
その時にこそ、さまざまなヨーガ体験が起こるのです。
自分からの解放こそが、最後の課題だと悟る瞬間です。