2010年7月13日火曜日

絵と人生と

『人生とは、一枚の繪を書き上げる様なものではないか、
その人の存在が美しかったか醜い存在であったか、
尊い存在であったか価値なく生きて居たかは、
棺を履いてから判ると云う。
絵の美しさも、醜さも、筆を措いたときに判る。
(中略)
人間の生活には裏もあり表もある。美もあり醜もある。
人生の美しさばかり、世の中の美ばかり、人の善意ばかり表現して
人生を甘いものと想定せよとは云わぬが、
もう少し明るく表現できぬものか、芸術は美を必要とする。
此の画家は美の神にそむいてのか、暗い顔の人だろう。

私達の毎日毎日の生活も、画を描いて居るようなものではないか。
一生を一枚の繪と考えたら、此の毎日毎日が、
繪の具をカンバスに塗っている一筆一筆ではなかろうか。
今日とんでもない色を使って終へば、今日までの繪の構想、調和を破って終う、
今日のきたない一筆は、今までの精進した美しい繪を醜いものにして終う。
又、何時の間にか、暗い色を使ひなれて、繪の調子を暗くして終いていたり、
明るい色、即ち明るい言葉を使っての毎日で
明るい陽気な繪を作り上げて居る場合もある。
又、繪の企画がなく、自分の考えもなく、毎日何の考へもなく、
いろいろの色を塗っていたのでは、繪そのものも出きないやうに、
人生としての姿も出来ていないのもある。

繪も、塗り直して書き直せるやうに、人生もやり直しはできる。
カンバスが傷まない限りは。
然し、それは、大きな時間の空費と、疲労を覚悟せねばならない。』
「炬」若月佑行著