2010年8月17日火曜日

火生三昧

醍醐寺三法院(真言宗)にはふたつの流れが伝えられています。
ひとつは一般の僧侶の修行。
これは得度を受け四度加行などを経て僧侶への道を進むもので、
荒行などはあまり行ないません。
通常はそのまま僧侶の資格をとり、
寺院に勤めるか、家業をついで寺院の経営者となるのが一般的です。

もうひとつは修験道の修行。
この修験道は、1799年光格天皇より神変大菩薩の諡号を受けた
役行者こと役小角(えんのおづの)を開祖と仰いでいます。

役小角入滅後、醍醐寺開山聖宝(831-909年)が、大峰山を巡歴し、
役小角の精神の観見を融合、つまり霊的相承によって秘法を受け、
醍醐派修験道の秘法として後世に継承しました。
この秘法は「恵印三昧耶法」といい、
7段階の修法によって構成されています。

私は、学生の身ながら、即断でこの修験道に入門しました。
僧侶の道ではなく、修験道を選んだのは、徹底的に修行をしたかったからです。
それからの数年間私は文字通り命がけの荒行に没入してゆきました。
それは、例えば完全断食であり、滝行、火生三昧(火渡り修行)などなど、
普通に生活していたら、まず味わえないような体験の連続でした。
論語に「朝に道を聴けば、夕べに死すとも可なり」とありますが、
当時は、まさにその心境に他ならなかったのです。

この火生三昧は、全国各地で年に何度も行なわれました。
私も可能な限り参加しましたが、最初はあまりの火勢に驚いたものです。
火のそばに近寄る事さえ躊躇するくらいの熱気だったからです。
膝か腰あたりまで燃え盛る火の中へ、
ゆっくりと素足で4~5メートルほど歩いてゆくのです。