2010年9月28日火曜日

真実の自己

「繰り返して言う。
諸君はこう考えておられる。
ある特定の人々のみが<幸福の王国>への鍵を持っていると。
誰もそんなものを持ってはいない。
誰ひとりとしてそんな鍵を持つ資格などありはしないのだ。
鍵は諸君自身の自己なのだ。
その自己の開発と浄化の中に、その自己の不滅性の中に、
その中にのみ<永遠の王国>は存在するのである。」
「クリシュナムルティの瞑想録」より
釈迦も自灯明、法灯明を説いています。
己を離れて悟りはないのです。
禅では悟ることを「見性」と言いますが
これは本来の面目というか、つまり
本性(真実の自己)を見ることであり
ラーマナ・マハーリシの「私は誰か?」に通ずるものです。
真我が独存しますと、真我は真我それ自身を観照します。
私はこの時こそ真の「見性」だと理解しています。