2010年9月17日金曜日

頭脳そのものが静まり返ったとき

「瞑想は静謐の中で行なわれる運動である。
精神の沈黙こそは本然たる行為のあり方である。
思考から生まれた行為は天真たりえず、
それゆえいたずらに混乱を生むだけである。
精神の沈黙は思考から生まれることはなく、
精神のざわめきを止めれば生まれるというものでもない。
頭脳そのものが静まり返ったときにはじめて、
静謐な精神が生まれるのである。」
「クリシュナムルティの瞑想録」

ヨーガスートラには「心の作用の止滅」が説かれています。
いうまでもなく、ヨーガの全体像から見れば
ヨーガスートラの境地は準備段階にすぎませんが
雑念や妄想がいつまでも無くならない、という方も多いと思います。

それを解決する「コツ」というわけではありませんが
上記のクリシュナムルティの言葉に大きなヒントがあります。

「頭脳そのものが静まり返ったときにはじめて
静謐な精神が生まれるのである。」

雑念がわく時によく行なわれる数息観などは
原理的に見ると、ピントが外れているように感じます。
もっとも、天台小止観などによれば数息観は
初心者向けの技法という位置付けです。
ですから、瞑想を始めたばかりの方ならば構いませんが
1〜2ヵ月実践した方には、もはやお奨めできません。
数息観などは子供が眠れない時に
「羊を数えなさい」と母親が言うのと同じようなものです。
羊の変わりに、呼吸を数えることで思考の場を満たします。

集中は、瞑想には不要です。
心の作用の止滅に逆行するからです。
では、どうすればそのような作為によらず
心の作用が止滅し「精神の沈黙」が訪れるのでしょうか。
それには
顕教ヨーガに於けるムスビを理解し修得しなければなりません。