2010年10月1日金曜日

ヨーガのアイデンティティ

先日Spiritという映画を見ていましたら
武道の流派の優劣について語られていました。
「あらゆる武術に優劣高低はありません。
使うものの技量の差だけです。
試合を通して、己の真の姿に向き合う。
本当の敵は恐らく自分自身なのです。」
この映画は、
実在した伝説の武闘家、霍元甲を主人公にした作品です。
欧米列強の植民地と化した当時の上海で
1910年に開催された史上初?の異種格闘技会を舞台に
様々な人間模様を描いています。
主演のリー・リンチェイ(李連杰)は、
1982年のデビュー作「少林寺」以来数多くの作品に出演していますが
私が観た中ではこの作品が一番好きです。
ところで、よく質問されるのですが
ヨーガの流派についても同じだと思います。
OO先生直伝だからとか、1000年の歴史があるとか
ヒマラヤ聖者のヨーガだとか、それこそいろいろありますが
ほとんどのヨーガは、たとえ登山口は異なっていても
同じ山頂を目指して技術が体系化されています。
ですからまじめに取り組めば、
その流派の道筋に従って山頂近くまで到達するはずなのですが
実際に登頂できるかどうかは、本人の力量にかかっています。
まさに「使うものの技量」如何なのです。
前述の会話は、リー・リンチェイ演ずる霍元甲と
最後に戦う日本人の武道家(中村獅童)との間で交わされたものですが
最初は「茶」の話から始まります。
茶の品位に優劣があるかという問いに対して、リー・リンチェイは
「同じ自然の中で育つものに優劣はないのです」
「思うに、茶の優劣は茶自体が語るものではなく、
人間が決め各人の好みに左右されます」
と、応えます。
人は常に優劣を決めたがる生き物なのかもしれません。
そして自分で決めたその物差しに囚われて
本来の姿を見失っているのです。