2010年10月15日金曜日

求聞持法とキルタンクリヤ-4

入唐半年にして、ようやく恵果の元を訪れた空海ですが
6月に胎蔵界、7月に金剛界の灌頂を受けることができました。
その灌頂の際、彼の投じた華は、
2度とも曼陀羅の中央に位置する大日如来の上へ落ちました。
これは、両界の大日如来と結縁したことになるのですが、
滅多にないことです。
その場にいた恵果の喜ぶ顔が眼に浮かぶようです。
そして伝授も異例の速さで進み、
わずか半年で伝法の印信を与えられました。
出会ってから半年後の12月半ば
空海への運命的な写瓶が終わるのを待っていたかのように
恵果は帰幽します。
そして、恵果の葬儀に際しては多くの弟子達を差し置いて、
空海が恵果の墓碑銘の撰文に、筆を取りました。
これは、1000人を超える恵果の弟子達が
彼を正統な後継者として認めたことを意味します。
「虚しく往きて実ちて帰る」
空海が帰国した時のこの短い言葉に、
彼の並々ならぬ自信が感じられます。

密教は、難解さにかけてもかなりのものです。
それを、言葉の壁を越えながら、
わずか半年でマスターした空海の天才度は
本当に想像を超えています。
それが入唐前の、虚空蔵求聞持法の効果だというなら
この法は、まさに人間の脳を進化させるものなのでしょう。
そこで、この虚空蔵求聞持法が、空海に何をもたらしたのか
少し時間を戻して、
室戸岬での出来事を検証してみたいと思います。
空海の弟子が編んだ「御遺告」によると
「土佐の室戸門崎に寂留す。
心に観ずるに、明星口に入り、
虚空蔵光明照らし来つて、菩薩の威を顕す。」
と、書かれていますが、これは
「谷響きを惜しまず、明星来影す」
という「三教指帰」の記述よりも、さらに具体的な体験談です。
ここでのキーワードは
「明星口に入り」と「虚空蔵光明照らし来つて」のふたつです。
これによって「明星来影す」が
単に夜空に明星が現れた、
というだけの意味でないことがわかります。
さらに「明星口に入り」ということですから
「光明」も頭の中を「照らし」ていたことになります。
これがヨーガのチャクラ体験に酷似していることから
アジュナーだ、いやサハスラーラだ、と
一部でいろんな解釈がされて来ました。
確かに、そう思える所も多々あります。
ですが、密教側からの解釈を読めば読むほど
私の関心は、
求聞持法とヨーガの、技術的な共通点に向かってゆきました。
求聞持法をヨーガの側から原理的に解明できないだろうか?
それがクンダリーニ・ヨーガの脳力開発法を研究する切っ掛けになったのです。
ヨーガには、メディテーションが数百種類あります。
それらは目的別にセットされ、構造的にも大変優れたものですが
特にその中の幾つかは、明らかに脳を変える力を感じさせるものでした。
そこで私は、学び得たヨーガの技術だけで
「谷響きを惜しまず、明星来影す」と
「明星口に入り、虚空蔵光明照らし来つて」を再現できないだろうか
と真剣に挑戦してみました。
そして終に、然るべき体験を得
自分なりの仮説を立てることができたのです。