2010年10月28日木曜日

信仰とヨーガ

「スワミは恐らく
無味乾燥な説教者として、
また非人情的な世捨て人としての人生行路を辿るだろうが、
ヨギは、心と肉体を訓練し、霊魂を自由にする為の
一定の段階的修行に従事するだけである。
ヨギは神を感情的根拠や信仰によって受け入れる代わりに、
古代の予言者たちによって組み立てられた一連の
徹底的に吟味された修行の方式によって発見しようとする。
このヨガが、何時の時代にも印度に、
真に自由なヨギ・キリストを生み出して来たのである。」
『ヨガ行者の一生』ヨガナンダ著

バジアン師は次の様に語られています。
Is yoga a religion?  
It is and it is not.
In religion you have to belive something
and in yoga you have to experience what you want to belive.
『Teachings of Yogi Bhajan』
「スリ・ユクテスワァもこれほど目覚しくではなかったが、
やはり戒律を無視された。(中略)
シャンカラやスリ・ユクテスワァは
自己の存在を、非人格的な神と完全に一致させていた。
それ故、戒律によって救われる必要はなかった。
時には大師は、本質は形式よりも優れたものであり、
形式から独立したものであることを確証する為に、
故意に戒律を破ることさえあった。
この故にイエスは、安息日に麦の穂を摘んだのである。」
『ヨガ行者の一生』

宗教的戒律の厳しいインドに於いて、
故意に破戒を行なうには相当な勇気が必要だったと思います。
それでもなお、弟子たちに
自らの信念を示そうとするスリ・ユクテスワァ師は
まさしく偉大なグルだったと言えるでしょう。

このヨガナンダの名著は、
現在「あるヨギの自叙伝」と改題されて
森北出版より刊行されています。