2010年11月4日木曜日

自我に勝る価値観

「無形の魄である『エゴ、我』は顕教ヨーガの邪魔になるが
自我より大切なもの、自我に勝る価値観を持っていれば
顕教ヨーガの妨げにはならないということをおっしゃっていましたが、
この「自我より大切なもの」『自我に勝る価値観』とは
どのようなものなのでしょうか?」
マスタークラスの方から上記のような質問を頂きました。
密教ヨーガは、ボディとマインドがターゲットなので
必然的に、有形の魄(肉体)と無形の魄(想念)が強くなります。
有形の魄が強くなるのは、肉体の強化になるので問題はありません。
しかし無形の魄が強くなりすぎますと、これは真我の離脱を妨げます。
なぜなら無形の魄は、元々肉体と真我を結びつける要素の一つだからです。
結びつける力が強くなりすぎれば、
当然離脱にも、ネガティブな結果をもたらします。
つまり密教ヨーガのやりすぎは、真我の離脱にマイナスなのです。
しかしながら、
チベット密教が言うように
常に顕教が密教に先んずれば、やや様相が変わります。
その上、さらに、
自我より大切なもの、自我に勝る価値観があれば
自我の独走を抑制します。
そして、それは同時に真我の離脱にもプラスに働くのです。
そこで私は、
自我に勝る価値観について整理してみました。
その答えの幾つかは下記の通りです。
・信仰なき敬神の念
・依存なき師(グル)への信頼
・天命または天意
・惟神(かむながら)
ただ、天命、天意と惟神には、
受動態であってもいいですが、サマディの経験が必要です。
(通常、能動態としての離脱は、受動態の経験後になりますので
とくに矛盾はしません)