2010年11月26日金曜日

ハタ・ヨーガ・プラディーピガー

今日ヨーガというと、
肉体的鍛錬である程度の成果をあげてから
メディテーションへと進むように考えられていますが
これは多分に
ハタ・ヨーガ・プラディーピガーの記述による所が大きいと思います。
「ハタ・ヨーガは、
高遠なラージャ・ヨーガに登らんとするものにとって
素晴らしい階段に相当する。」(1-1)
しかしながら
ハタ・ヨーガ・プラディーピガーの書かれた時代は
ヨーガスートラ(紀元5世紀頃)から遥かに後世(16-17世紀)なのです。

もしもハタ・ヨーガにおけるアーサナ等の技術が
ヨーガ完成に必要不可欠なものだとするならば
1000年以上もの間、ヨーガを完成することは不可能だったことになります。
実際には、ヨーガスートラ自体
それ以前のサンキャ・ヨーガ派の
600-700年間にわたる功績の集大成なのですから、
隔たりとしては都合1600年以上になるわけです。

ハタ・ヨーガの開発者として知られるゴーラクシャ・ナータにしても、
13世紀の人ですから、そこには1200年を超える空白期間があります。

ということは、
このような密教ヨーガの厳しい肉体的鍛錬がなくとも
長年にわたって、ヨーガは本来の目的を果たしていた
と考えるべきではないでしょうか。

だとすれば、あのような肉体的鍛錬なくして、
いかにしてサマディに至ることができたのか?
そして、なぜハタ・ヨーガのような密教系ヨーガが求められたのか?

この二つの疑問について何らかの答えを出さなくてはなりません。