2010年12月15日水曜日

カタ・ウパニシャッド


カタ・ウパニシャッドは極めて重要なウパニシャッドです。
その為か、しばしばヨーガ関連本にその一部が引用されています。

「アートマンを車主と知れ。肉体を車、覚を御者、意を手綱と心得よ。
賢者たちは、もろもろの知覚器官を馬とよび、
諸知覚に対応する諸対象を道路とよんでいる。」

「五つの知覚器官(眼耳鼻舌身)が意(思考器官)とともに静止し、
さらに覚(理性、高次の精神的な意識器官)も働かなくなった時、
人はこれを至上の境地という。
ところで、このように心の諸器官を固く抑止することを、
人びとはヨーガと見なす」(以上 佐保田鶴治博士訳)

確かにヨーガの定義を知る上ではとても重要な部分だとは思いますが
巷間では、なぜか他の部分についてあまり言及されていないようです。

カタ・ウパニシャッドとは一体どのような文献なのでしょうか? 
何のために書かれたものなのでしょうか?

ある翻訳家はカタ・ウパニシャッドに
「死神の秘教」というサブタイトルをつけています。
それはこの文献が、死神ヤマと青年ナチケータスの対話から
構成されているものだからですが、
なぜヤマが主人公なのかといえば
このウパニシャッドが「死を超える」ことを目的としているからです。

「ナチケータスは死神によって説かれたこの知識と、
ヨーガの全規定を得て、ブラフマンに到達し、穢れを離れ、
死を超越した者になった。
まさしく最高のアートマンについてこのように知る他の者も
(死を超越した者となるのである)」(中央公論社「世界の名著」)

これはカタ・ウパニシャッドの最後の部分に書かれています。
ヨーガの目指す境地とは、まさにそこにあるのです。
そしてその前提条件が、ヨーガスートラの説く真我独存なのです。

この「ヨーガの全規定を得て、ブラフマンに到達し」ですが
カタ・ウパニシャッドには、その方法が具体的に書かれています。