2015年4月3日金曜日

神社参拝の心得

    
★神社参拝の心得

神社本庁のサイトには参拝方法等について丁寧な説明が掲載されています。

参拝の方法 http://www.jinjahoncho.or.jp/iroha/omairiiroha/sanpai/

ただ、これらはあくまで一般論であり、
由緒ある神社には異なる方法もありますので
各社の伝統的な作法も一応押さえておくとよいかもしれません。

神社での祭典や御祈願などの祭式は、神社によって多少の違いはあっても
特殊な神事を除き、ほとんどの場合概ね似通った流れで行われています。
これらは顕斎(うつしいはひ)といい、古典における一例として
古事記の神武天皇の条の記載が有名です。

私は神社に参拝するに際して、以下のことを心がけています。

まずその神社について事前に下調べをしておくこと。
御祭神、由緒、特殊神事などについては、各社の公式サイトでも学べますが
より詳しく知るために、古事記や日本書紀等、何冊か文献を読んでおきます。
また、もしあれば、古神道関連の様々な記録も必読です。

また、境内の案内図などを公式サイトでチェックしておくと
現地でどこをどう周ったらよいかがわかります。

潔斎については、数日前から入浴の際に塩湯の祓いを行います。
これは手桶に荒塩を少量入れて、左・右・左の順で肩にかけます。
そして、その後、塩気をとるためにシャワーを浴びます。

昔から荒塩には祓いの効力があるとされていますが
私は、霊的な効力よりも、心理的な意味で行われるものだと思っています。
つまり心斎とでもいいましょうか、心構えに主として影響があるということです。

神社参拝や祭典それ自体は、いわゆる顕斎になりますが、
至誠通天を伴わなければ、形だけになってしまいます。

たとえば、実際の所、長年にわたりどんなに修行を積んでも、
この至誠通天がなければ、神に通ずることはまず出来ないと思います。

もともと至誠通天は、吉田松陰が語った言葉として有名です。
「至誠(しせい)」は、四書の中の「孟子」と「中庸」に出てくる言葉です。
読み方としては、通常「至誠天に通ず」か「至誠は天に通ず」とされています。

意味的には、二宮尊徳の「至誠神の如し」や
中庸の「誠は天の道なり。これを誠にするは人の道なり」を見ても
私利私欲のない「私心なき心」を「誠」と解し
「誠」の境涯に至れば必ずや天に通ずる、という意味で使われているようです。
古神道的には「惟神」(神のまにまに)の境地といってもよいかもしれません。
また大御心も「私心なき心」なので、その意味では「誠」そのものと言えます。

ちなみに昭和32~53年の22年間に、男子の名前で
「誠」が18回も首位になっています
http://www.meijiyasuda.co.jp/enjoy/ranking/year_men/boy.html
(私が18歳の時、醍醐寺で頂いた法名は「一誠」でした)

ところで、昭和17~20年の首位は「勝」で、2位が「勇」ですが
これは戦争中のことなので、時代的な背景を感じますね。

さて、この至誠通天ですが、そのもとになるのは「浄心」です。
これは古神道において基本中の基本なのですが、
現実には「言うは易し行うは難し」でとても簡単にはゆきません。

最初は「浄心」を心掛けてよいのですが、
意識してる内はまだ身についていません。

「從心所欲、不踰矩」
つまり「心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず」の境地で
意識することなく「浄心」に在るのを理想としています。

長年にわたり、古神道を学び、また幽斎(かくりいはひ)の修行をしていても
「浄心」に程遠く「至誠通天」がなければ、神界に通ずることは出来ません。
ですから、神気を感ずる程度でよいならまだしも、
霊肉分離して神人合一を目指すなら、このふたつは間違いなく必須です。

祓祝詞を奏上したり、塩湯の祓いをしたり、それはそれで意味はありますが
「浄心」と「至誠通天」がなければ、それが真に効力を持つことはないということです。

滝に打たれたり、火の中に入ったり、私もいろいろやりましたが
それで「浄心」になれるかと言えば、答えはNOだと思います。

つまり「何かをする」ことによってではなく、それ以前の問題なのです。

古神道に鎮魂法と帰神術というふたつの修行方法があります。
これらは神伝の大変貴重な法術ではありますが
仮に、何十年間にわたって熱心に修行されたとしても
自ら明確な霊肉分離の境地に至れるかどうかは、本人次第なのです。

「至誠通天」を極めることができれば、
これらの修行法がなくとも、正神界に通ずることは出来ると思いますが
「浄心」から離れていたら、どんなに鎮魂帰神の修行に励んでも不可能なのです。
なぜ鎮魂法が「法」で、帰神術が「術」なのか、、、。
その意味についても深く考える必要があります。

神社参拝も同様です。

「浄心」と「至誠通天」。
この二つの言葉をキーワードとして、参拝に臨まれることをお勧めします。